WHACK A WAKA

百人イングリッシュ

英語百人一首かるた『WHACK A WAKA 百人イングリッシュ』について

『WHACK A WAKA 百人イングリッシュ』が、このかるたの名前です。Wakaはみなさんご存知の「和歌」、百人一首の歌のことで、Whackは「ピシャッと打つ、叩く」「跳ねる」「払う」という意味です。競技かるたでは、札を猛スピードで取り合いますが、そのことを「札を跳ねる」「札を払う」と呼ぶことから、『WHACK A WAKA』と名づけました。

小倉百人一首と英訳

『小倉百人一首』(以下、百人一首)は、『万葉集』の時代から鎌倉時代初期に至るまでのすぐれた歌人百人の作品を、それぞれ一首ずつ選んで時代順に並べたアンソロジーです。鎌倉時代初期に、ときの大歌人、藤原定家によって編纂されました。

日本で広く愛されているこの作品は、初めて英語に翻訳された日本の文学作品でもあります。江戸時代後期の1866年に、フレデリック・V・ディキンズの英訳本が出版されて以来、たくさん翻訳されています。とはいえ、それらはあくまで文学作品、書籍としての百人一首の翻訳でした。今回の『WHACK A WAKA』が一味違うのは、ゲームとして楽しむことができるように作られた、世界初の英語百人一首かるたであることです。

百人一首の日本文化への影響

百人一首が日本の文化や美術に与えた影響は多岐に渡ります。江戸時代には百人一首を題材とした絵画が描かれ、すごろく、かるたなどのゲームとして、子供から大人まで幅広く親しまれていました。百人一首は、和歌そのもののことはよくわからないような人でも、身近に親しむことのできる古典文学作品だったのです。現代でも日本の小中学校の多くで、教育の一環としてかるた遊びが行われており、百首すべてを暗唱できる人も少なくありません。英文学の詩集で、これに匹敵する作品は見当たらないでしょう。シェイクスピアは世界でもっとも有名な詩人の一人ですが、彼のソネットでさえ、アイルランドの学校ではそのうちのいくつかしか学びませんし、暗唱できる人は限られています。

かるた遊びと「決まり字」「決まり語」

百人一首かるたは、日本各地で親しまれてきましたが、明治時代以降、老若男女が楽しめる競技として、全国共通のルールが整備されました。『WHACK A WAKA』も、競技かるたのルールに則って遊べます。競技かるたのルールは、全日本かるた協会のホームページに詳しく掲載されています。

さて、どんなルールで遊ぶ場合でも、「決まり字」を覚えておくと有利です。「決まり字」とは、そこまで読み上げられると、取るべき札がどの札かを確定できる字です。たとえば「いま」で始まる札が読み上げられたとしましょう。続く一文字が「は」だった場合、読み上げられたのは63番の歌「いまはただ思ひ絶えなむとばかりを……」だとわかり、その札を取ることができます。一方「こ」だった場合、21番「いま来むといひしばかりに長月の……」の歌とだとわかります。「いま」で始まる札が読み上げられたなら、次の一文字が読み上げられたときが勝負の分かれ目、取るべき札が決まる瞬間なのです。

ちなみに、競技かるたでは、試合がはじまる前に、百人一首に含まれていない和歌が朗詠されます。しばしば詠われるのが、王仁(わに)の歌「難波津に咲くやこの花冬ごもり今を春べと咲くやこの花」です。『古今和歌集』仮名序にある歌ですが、実は第四句は、本来「今は春べと」です。競技かるたでは、「決まり字」である「今は」との混同を避けるため、「今を」に改変されているのです。

このかるたは英語なので、「決まり字」は作れません。英語のひとつひとつの「字」(アルファベット)には明確な音があるわけではないからです。そこで代わりに、『WHACK A WAKA』独自の「決まり語」を作りました。英語で1つの音として聞き取れる音のかたまり、つまり音節(シラブル)で判断するのです。たとえば73番「高砂の尾上の桜咲きにけり……」の決まり語は、“How love”となります。

和歌のレトリックと翻訳

百人一首の歌の意味をそのまま英語にしたのでは、読み上げに適したものになりません。和歌では古くより、口に出し、読み上げたときの美しさが大事にされてきました。同じように『WHACK A WAKA』の訳も、音律に気を配っています。英語でも吟じて楽しむことができるこの訳は、和歌の本質にかなったものなのです。さらに、形式面においても、五句からなる和歌の定型を意識して、すべて五行詩の形に整えています。『WHACK A WAKA』は、外国人にも和歌のリズムが伝わるように、訳文の上でも、デザインの上でも、工夫をこらしています。

また、和歌には、枕詞、掛詞、縁語など、たくさんのレトリックがあります。同音異義語を生かしたこれらの言葉遊びは、詩のイメージの世界を豊かにしてくれます。歌人たちにとって、レトリックはまさに技の見せどころですが、それは、翻訳者にとっても同じことです。たとえば「松」と「待つ」は、掛詞の中でも特によく見られるものの一つです。百人一首の中で、この掛詞はどの歌に使われていて、どのように訳されているでしょうか?ぜひ探してみてください。

『WHACK A WAKA』の特色

『WHACK A WAKA』は英語のかるたですが、日英バイリンガル仕様です。かるたの裏面には原文が日本語で印刷されているので、日本語のかるたとしてもお楽しみいただけます。

『WHACK A WAKA』の特長は他にもあります。一般の百人一首かるたは、読み札に歌人の姿と歌の上の句が書かれ、取り札には下の句の文字だけが書かれています。しかし、『WHACK A WAKA』の取り札には、歌人の姿だけではなく、歌の中に登場する風景も描いてあります。尾形光琳が作った「光琳かるた」にも、歌の中の世界を思わせる風景が描かれていますが、すべての札がそうではありません。『WHACK A WAKA』の札には、百首すべてに作中の情景が描かれているので、イメージを広げることができます。また歌を完全に覚えていなくても、絵をヒントに札を取ることができます。

たとえば、札の読み手が「pine tree」(パインツリー)と声にしたら、松の木の描かれた札がヒントになります。ただし、百人一首かるたの中には、松の木の札も、桜の木の札もいくつかあるので、注意深く選ぶ必要があります。きっと、わずかな情報から歌を見分ける力も養うことができるでしょう。さらに、取り札の絵は、読み札の絵と組み合わせると一枚の絵になります。二つの絵を合わせることで、さらに歌のイメージを広げることができるでしょう。これは平安貴族の遊びである「貝合わせ」から着想を得たデザインです。

このように、『WHACK A WAKA』には、百人一首を熟知している人、そうでない人、英語が得意な人、そうでない人、日本人、外国人、皆一緒に楽しむための工夫がたくさんあります。百人一首かるたが本来持っている味わい、楽しみを、なるべくそのままに、世界中の人に広く伝えるものとなっています。

ただし、英語と日本語では、かるたの形式が若干、異なります。日本語のかるたでは必ず下の句が取り札になりますが、英語では、最後の二行だけでは意味が通じなかったり、文法的におかしくなってしまうことがあります。そこで、取り札には歌のテーマの中心となっている部分を選んでのせることにしました。歌によっては、取り札が最後の二行ではなく、三行だったり一行半だったり、行をまたいでいたりします。

また、英語は日本語よりも文字数が多いので、かるたの標準サイズ(幅52mmx高さ73mm)に収めようとすると、文字が小さくなってしまいます。そこで、札をトランプのカードと同じ大きさにして、字を見やすくしました。

トランプは桃山時代、ポルトガル人が日本にもたらしたものであり、かるたは、そのトランプの影響を受けて生まれたと言われています。そして今度は英語百人一首が、トランプと同じ大きさのカードとなって、海を渡ってゆくわけです。